5/16は、『旅の日』

 

なぜ、5/16が『旅の日』かというと、

奥の細道で有名な松尾芭蕉が、

江戸(深川)を出発した日だからなそうです。

 

この、出発の時に松尾芭蕉

 

 『月日は百代の過客にして

   行かふ年も又旅人也』

 

この句を読んで出発したらしいです。

 

出発日は、『 1689年5月16日』。

今年は、2017年なので、328年前のことなんですね。

 

出発したときの松尾芭蕉の年齢は、46歳なそうです。

46歳で、旅に出ようと思うなんて、

体力ありますね。

私は今の歳で、歩いて旅なんて考えられないです*1

 

この時、松尾芭蕉は、

弟子の『河合曾良』と一緒に旅に出たそうです。

 

松尾芭蕉は、江戸を出た後、北上し、

江戸→日光→仙台→(ここから山形県に入り)

→新潟→金沢→大垣着。

 

大垣についたのは、10月4日のことのようです。

歩いた距離は、約2.400km

かかった日数は、156日とされているようですが、

 

実際に歩いた日数は、約60日ではないのか

という話も出ているようです。

 

ただ、60日で2.400kmとなると、

1日平均40km以上歩いたことになるため、

『46歳で、そんなに歩けるのか!?』

という疑惑があるそうです。

 

そして、松尾芭蕉は、

『実は幕府の諜報活動を行う忍者だったのではないか』

という疑惑もあるそうです。

 

(諸説ある)ということでしたが、

私は松尾芭蕉って、旅をしたおじさんというイメージしか

ないので、『忍者』というのが、しっくりこず、

笑ってしまいました(^-^;

 

松尾芭蕉と一緒に旅をした

弟子の『河合曾良』も、幕府の諜報活動をしていたのではないか

と言われているようなので、

もしかしたら、『旅』とごまかして、

2人で何か情報を探りに行っていたのかもしれませんね。

 

当時、関所と言えば、色々な手続きが必要だったりして

通るのが大変だったようですが、

松尾芭蕉は、どの関所も出入り自由だったとか。。。

 

松尾芭蕉の『忍者』疑惑は、

 松尾芭蕉が、伊賀の下級武士の出身だったこと。

 移動速度が異常に早かったこと。

 観光地より、立ち入り禁止区域に入り、数日過ごしていたこと。

 一緒に旅に行った弟子の『河合曾良』がこの度の後、

 幕府の隠密として活躍した。

等の理由から、『松尾芭蕉 忍者疑惑』が浮上したようです。

 

実際は、もう過去のことなので、知りようがないですが。。。

 

松尾芭蕉は、ほんとにただの俳人で、

幕府が、そんな松尾芭蕉に目をつけて、

自分たちの活動を誤魔化すために

まじめな俳人松尾芭蕉を利用し、

河合曾良』に情報収集させたとか、

色々想像出来て楽しいな(^^♪